カンボジア シェムリアップ
あやとりをする子供たちが目に留まった。
日本人でも最近は目にしないあやとりという
遊びを器用にこなしていく。
カンボジアの小学校は日本とのつながりも強く
支援という形だけではなく、民間の交流も深い。
子供たちがあやとりの練習をする姿は興味深く、
ほうきや橋の技を瞬時に操る光景に息をのんだ。
様々な交流や支援が世界中をつなげているなかで、
日本を感じさせるあやとりがここに届いていた。



カンボジア シェムリアップ
あやとりをする子供たちが目に留まった。
日本人でも最近は目にしないあやとりという
遊びを器用にこなしていく。
カンボジアの小学校は日本とのつながりも強く
支援という形だけではなく、民間の交流も深い。
子供たちがあやとりの練習をする姿は興味深く、
ほうきや橋の技を瞬時に操る光景に息をのんだ。
様々な交流や支援が世界中をつなげているなかで、
日本を感じさせるあやとりがここに届いていた。



カンボジア シェムリアップ
美しき大自然がひろがるシェムリアップ。
深いみどりが延々と続いている。
昨年7月からタイで発生した洪水、さらには10月の巨大台風の影響で
タイだけではなくここカンボジアも濁流に飲み込まれた。
シェムリアップ、そしてアンコールワット遺跡群も一部水没してしまった。
街が飲み込まれ、郊外の森林一帯も水に覆われてしまい
被害は甚大なものとなった。
街を元通りに復興させていく。もともと植林という方法で森を
維持していく活動は盛んであった。さらにその活動に力が入っていく。
森の中を丁寧に観察していくと苗木が洪水のなかにあっても生き残っていたことがわかった。
水が引き、土に変化が見られるもシェムリアップの
土地は呼吸を取り戻してきていた。



カンボジア シェムリアップ
恥ずかしがり屋さんの男の子は机の下に隠れて、笑っては顔を隠しての繰り返しで様子を伺っていた。
笑顔いっぱいの教室のなかで、大声で飛び回る生徒、静かに座っている少年、机の下に隠れる少年など、カンボジアの子供たちの気質が教室中に溢れ帰っていた。
カンボジアの方々の穏やかで控えめな気質は、学校だけではなく、いたるところで感じることができる。特に取材を共にするカンボジア生まれでシェムリアップ出身のガイドさんや運転手さんと何日も生活を共にすると、もの静かに着々と仕事を進めてくれる、まさに“職人”気質に感じいる。
カンボジアの方々のいかなる方々に対しても変わらない姿勢にカンボジアの魅力と強さを見る想いであった。



カンボジア シェムリアップ
「だれでも学べる環境を!」シェムリアップの先生からの言葉である。
実際カンボジアでは、政府はもちろん、
世界中からの支援で次々と学校がたてられてきている現状がある。子供たちの教育環境は年々良き方向に向かいつつある。
それでも学校が建てられた後、学校の経営はもちろん、校舎や施設を維持していくことは現実の壁に遮られると先生は語る。
さらにシェムリアップでは、タイの洪水の事件の折にも、街の中が洪水で覆われてしまい、町中が水没してしまい街の機能そのものが停止してしまった。
自然環境の猛威や貧困から引き起こされる教育問題に立ち向かい、奮闘しているのがシェエムリアップの先生たちであった。



カンボジア シェムリアップ
シェムリアップのどの教室にも小さな子供たちが
小学生のなかに混じって椅子に座っていた。
幼児ともいえるその子供たちは、授業中も教室の中を
駆け回ったりしていた。
小学生たちは気にせず授業を進めている。
幼児の動きを見ていると、いつも先生のもとに駆け寄って
足下からはなれようとしなかった。
先生にお話をうかがうと、「私の子供です。」と教えてくれた。
教壇に立っているときには自宅から子供も教室につれてきて
時間をともにしているということであった。
ほかの先生や小学生たちが幼児の面倒を代わる代わるみている
光景はゆったりとあたたかいものであった。



カンボジア シェムリアップ
チョークと黒板は必修。お手製黒板に文字を描き
先生に答えを発表する。
子供たちはノートではなく黒板を使っていた。
ノートがあること 鉛筆があることは当たり前ではないことを
改めて思い起こされる。子供たちは黒板をハンドサイズにしたような
木版を手に、勉学に励んでいた。
ノートや鉛筆を使うこともあったが、この木版を使って授業を進めることが根幹となっていた。
いかなる環境でも学ぶことはできる、道具ではないと気づかされる時間であった。



by idot0120
戦場カメラマンと世界の子供た…